レビュー「対岸の彼女」-そんなとこにあたしの大切なものはないし
ずいぶん前に読んで「わ、これすっげー。なんかえぐられる」という気持ちになった本。
すぐ手の届くところに置いていたくて、ぽいっと置いていたら、いつの間にか埋もれていました。
書類とか、書類とか、書類の下から出てきて、つい読んでしまった。
専業主婦の小夜子が、ベンチャーの女性社長のもとハウスクリーニングの仕事に就いて…というお話。
小夜子が子どもや夫との日常を通して、自分のことを振り返るシーンから始まり、もう一つ、ある街の2人の高校生の物語もシンクロしながら話が進みます。
「この人とならわかりあえる」と思った日
幼い時期、学校に通いはじめて中学・高校と進み…、いろんな人と出会う私たち。
「この人となら楽しい」「きっとうまくいく」「この人なら大丈夫」
いろんな人との出会いの中で、そんな思いを持った経験ってきっと誰もがあるでしょう。
「私も前はそう思ってた」とか「この人はわかってくれる」とか…。でも、小さなことをきっかけに、もろくも崩れることも、多くの人が体験しているんじゃないかと思うんですが、いかがでしょう。
「そんなとこにあたしの大切なものはないし」
というセリフは、小説の中で高校生ナナコが述べた一言。
誰と誰が仲良くて、誰を仲間外れにして、誰になにを言われようと…そんなことは自分の問題ではなくあっち側の問題だ、というナナコ。
大人の私も「そう思えたら、どれだけラクだろう」と心に刺さりました。
小夜子の娘への視点、夫や親から言われること、仕事のことや近所の人との付き合いで感じるスッキリしない気持ちは「そんなとこにあたしの大切なものはない」と思うことができたら、ラクになれたのかもしれない。
でも、そうはいかないから、私も多くの人も「あぁ、しんどいぃぃ」と思うんですよね。
「ひとりでいてもこわくないと思える何か」
小説の中で、女性の社長・葵は
「ひとりでいるのがこわくなるようなたくさんの友達よりも、ひとりでいてもこわくないと思わせてくれる何かと出会うことのほうが、うんと大事な気が、今になってするんだよね」
と、これまたズキューンと刺さる言葉を述べています。
この葵というのが…!
という小説で、それは読んでみてスリリングな展開を楽しんでほしいんですけど。
「ひとりでいても怖くないと思わせてくれる何か」を持っていると最強やな、と私も思う。
私も一人でしごとをしていて、内容によってはどこかとタッグを組むこともあります。それは、仕事の幅も自分の世界も広がるし、成長できる機会です。
誰だって、たった一人でできることなんて、ほぼゼロ。多かれ少なかれ、人や社会と関わりを持って生きているのですが、だからこそ「ひとりでいられるかどうか」は、大切なことかもしれないと思うんです。
私は、いまだに周りを気にしてびくびくすることもありますが、そうすると「仕事」が「業務」になちゃうこともある…。
せっかく自分で起業したんだから、クリエィティブなコトのほうが楽しいよなぁと思うんです。
まっさらなところに自分でブロックを積んでいく…みたいな。
だから「ひとりでも怖くないと思えるかどうか」は、お腹の中で大切に持っていたいことだと思っています。
自分と異なる人、を知る
人と出会い、関わりを持ち、新しいトライをすることは心地いい。でもふとしたことで、関係が崩れる場合もあります。
経験を重ねていくうちに、受けるダメージを想像できるようにもなるので、人と出会うことや新しいトライを避けたくなるキモチ…私はなんとなく「あぁ、わかるなぁ」と感じます。
でも、自分とは異なる人=向こう側の人を知ることが、自分の…心というか考え方というか視点というのか…そういう目に見えない部分を、耕してくれるような気がします。
さらにいえば「向こう側」と思っていることのなかにも、自分を感じることってあると思うんです。
それは「対岸の彼女」を読んでいて、ところどころで感じたし、本に出てくる人たちもうっすら感じていたんじゃないかなぁと思いました。(これ、すごくオモシロイ!)
しょせん、自分が知ってる「人の考え」なんて、自分の人生分。
ほとんどのコトやヒトは「対岸にあるもの」だし、それもまた自分の中にある。
「対岸の彼女」、私はグサグサ刺さりました。
切なくて…、でも「あぁ、そうなんよね」と思える一冊です。
【対岸の彼女】2007年1刷
著者:角田光代